読書感想文43「風雲児たち」(おもしろくて、ためになる士農工商の話)

何度か感想を書こうと思ったのですが、長編で難しいので、細かい部分の感想です。

 

 

風雲児たちって面白いのですが、面白いだけではなくて、歴史の基礎的なつまんなそうな部分をも教えてくれるのが、すごいと思います。

・歴史に残る人間ってのは、上司に逆らったり、脱藩したり、反権力な人間が多い

・天変地異や災害によって歴史が動く

・庶民や商人も当然、歴史に影響を与える

余談ですが、安倍さんが総理大臣在位期間一位を狙って頑張っていたのを思い出します。それ以前の一位が桂太郎という誰も知らない人だったのが本当にしょうもないと思いましたwレガシーとか言ってる政治家ってほんと脳タリンだなーと思いますw

 

 

風雲児たちに登場する商人は、大黒屋光太夫、高田屋嘉兵衛、渋田利右衛門そして白石正一郎などなどが登場します。

交易をするので、一つの藩に縛られず、国際的な感覚をもっていて、船の保険もない時代なので、博打うちのような性格もそなえています。

そして当然、金を持っているので、余暇には勉強をしたり、渋田利右衛門は勝海舟のパトロンになったりしています。

しかし、身分制が絶対の時代ですので、武士の気分を損ねれば、取り潰されたり、借金を踏み倒されたりしていたのです。徳政令、鳥山検校、調所笑左衛門などいくらでも例はあります。

 

 

白石正一郎も、我々が名前を知っているような幕末維新の志士のほとんどのパトロンだったようです。400人ぐらいらしい。

 

 

このような人たちは当然、善意でパトロンになっているわけではなく、幕府がなくなる時代を見越して、「先行投資」としてパトロンをしていたのだと思います。

当然、投資は回収する時があるわけです。

我々は、商人というとトルネコぐらいの印象しかないと思いますが、歴史の表にでることはなかなかないですが、裏ではいろいろやっているということは、常識として持っていた方がいいと思います。

投資メモ13「1980年代の資本主義を考える」(ナショナリズム型資本主義の限界)※追加

再掲

1944 ブレトンウッズ体制

1945 戦争終了

ケインズの政策による豊かな社会の出現(たびたび、通貨危機は起きていた)

だんだんアメリカ以外の国も復興してきた

1971 ニクソンショック

(ドル危機、ドルの金兌換停止、緩和的ドル切り下げ政策、日本は変動相場制円高へ)

1972 オイルショック

1980~ サッチャーやレーガンなどの「政府債務の削減」を掲げる新自由主義的な政治家の登場

(引き締め政策の実施、ドル高へ)

1985 プラザ合意

(貿易黒字を削減しろ!円高にしろ!)

 

 

上の流れを見ていただいてから、以下参照です。

「かくてレーガノミックスやサッチャーイズムや臨調路線が共通に推進してきたデレギュレーション(規制緩和)のねらいが明らかとなってこよう。すなわち、資金の流れを自由化して、国家のコントロールから解放することこそ、それにほかならない。

 よく知られているように、ケインズ政策は、本来国家の低金利政策によって不生産的な金利生活者階級の”安楽死”をはかり、労働者と経営者・官僚の近代的でアクティブなグループ、すなわち”生産者階級”の手に一国経済のヘゲモニー(覇権)を掌握させることに目標を定めてきた。日・米・英のデレギュレーションは、まさにこのケインズ政策の根底にくさびを入れ崩壊させ、資金の流れを自由化・世界化することにあったにちがいない。その結果、資金の流れをもう一度国家のコントロール下に抑え込むことは、極めて困難になってしまった。かくて一国資本主義的なケインズ政策は、再起不能の打撃を蒙るにいたったものと思われる。」

(我らが日本でも、小泉構造改革、規制緩和が思い出されます。派遣社員が増えただけでしたねwこのような規制緩和は、「国家」もその対象となり、世界で自由に資金を動かすことができる時代になっております。このような「現状」を考えたときに、高市財政などと言われる椀飯振舞はどうなるのでしょうか?「世界」のどこか他の国の投資になったり、どこかのオフショアオフィスが貯金するだけではないのでしょうか?日本の借金は1000兆円を超えますが、これだけお金を使って、なんで我々は苦しいのでしょうw?)

 

 

日本の国債が破綻したときは、我々はどうなるのでしょう?

 

昔は、国債の持ち主が泣いていました。

もしくは武士が武力を背景に、借主を泣かしていました。

今の時代は、国債の持ち主は日銀です。

日銀は、資本注入されるでしょう。だから泣くのは「国民」です。

 

しかし国民が生きていけない「国」は亡ぶでしょう。

しかし、現在の透明な貴族は、領地を持っていないようです。

だから、国が滅ぶことに興味がないのでしょう。

投資メモ14「覇権国と貿易赤字」(覇権国になる=隙が生じる)

覇権国という言葉があります。

1920ぐらいまでは、イギリス。

そこから後は、アメリカって感じでしょうか。

今は中国が覇権に挑戦していると思われます。

 

 

しかし、がんばっても衰退してしまうようです。

所業は無常です。

note.com

「支配のためには、継続的な経済的余剰がなくてはならないのだ」

支配者になるということは、いいこともありそうですが、やっぱり、大きな顔をする以上、いろいろ気前の良いところを見せないと駄目みたいです。

なので、経済的余剰がなければ、支配者は続かないみたいです。面白いですね。

今のトランプとかを見てると、よく理解できますよね。

「アメリカが得するように金をよこせ!」と支配者はおっしゃっています。

みんなめんどくさそうにしています。支配が終わりそうですw

 

 

以下は宮崎義一先生の「ドルと円(1988)」から参照しております。

「かつて1928年、H・Cフーバーが共和党の選挙スローガンとしてかかげたのは、”すべての国民に鶏肉を、すべての家庭に自家用車を”であった。しかし戦後の30年は「毎年ほとんど例外なしに賃金は上昇、その一方で、労働時間は短縮した。鶏肉どころか、大半の家庭が2台の自家用車を所有し、テレビ、ステレオ、オーブン、ミキサーといった家電製品も急速に普及した。アメリカの消費需要の拡大が、アメリカ企業ばかりか、ヨーロッパや日本、さらに第三世界にも恩恵を与え、四半世紀以上もの間、空前の世界的な経済発展をもたらしたのである。だが、この黄金時代はすでに終わってしまった」」

 

 

このような大量の貿易黒字をもたらした時代から、

赤字を垂れ流す以下の時代へ変わっていったようです。

 

 

「いまやアメリカの製造業は、自動車から半導体に至るまで、少しも生産しないで、その代わりに低賃金国から部品と完成品を輸入し、自社ブランドを張りつけてアメリカ国内において販売している。このまま放置しておく限り、この流れは、究極的にはーー生産性を低下させ、技術革新を遅らせ、生活水準の伸びのテンポを低下させーー経済を破滅に導く。サービス経済の顕著な進展があっても、製造業に見られるこの低落を相殺することはできない。」

 

 

天皇陛下って、覇権を目指してる感じが全くしないのですが、このような諸行無常に詳しいからかもしれませんねw

 

ルネッサンスについて考える

ネット上で、「資本主義の要請による教育制度は問題があり、封建制の方が教育がうまく機能していた」ということを意見したら、ハルキチさんにとても怒られました。

歴史は以下の流れで、身分制(封建制)の打倒は必然だと。

 

「大まかには中世の封建制社会(身分制)の行き詰まりと、ルネサンス、宗教改革に端を発する人文主義(古代ギリシャの知識の理解)の進展により階級社会への疑念が生まれ、更には重商主義の結果としての貴族以外の層への資本の蓄積と、それによる権力への希求。様々な要素が相まって、「硬直した身分」による支配が打倒された。市民平等理念が確立された。」

 

宗教改革は、贖宥状で火が付いたと思っているので、ハルキチさんの意見は、なんか違うなーと思いました。

「重商主義の結果」の部分もなんかよくわかりませんでした、「輸入よりも輸出が多いとと金がたまっていいよね」みたいなのが重商主義だと思っていたので、ハルキチさんの意見はよくわかりません。

「貴族以外の層への資本の蓄積」ってのもよくわかりません。商人は封建時代に存在したし、貴族に金を貸していました。まあ、借金は武力を背景に踏み倒されましたが。

 

そして、ルネッサンスと宗教改革って、人文主義なんでしょうか?

ルネッサンスすると身分制が嫌になるんでしょうか?

(ここでは人文主義とは、ギリシャやローマの古代文献学を指す。ヨーロッパは、当然キリスト教の世界であり、キリスト教的価値観が支配する世界なんですが、そこに、ギリシャヨーロッパの異教徒の価値観・倫理感が台頭してきた。みたいに考えます。)

 

興味がわいたので調べてみました。以下の本より参照しています。

「ルネッサンス夜話 近代の黎明に生きた人々 高橋秀爾」

 

 

「そこでは、「何も求めずして貸せ」(ルカ伝6・35)というキリストの言葉は絶対であって、誠実なキリスト教徒なら、誰もそれに背くことはできなかった。シャイロックが人びとから「唾液を吐きかけられ、野良犬のように足蹴にされ」たのは、なにも彼が因業な高利貸しだったからではない。高利にせよ低利にせよ、そもそもまず金貸しという行為そのものが、神の前には罪なのである。」

(キリスト教は金貸しを禁止している。これは結構驚きだと思います。なぜなら、アメリカの国債がニュースにならない日はないですし、アメリカの企業は、社債を発行したり、アメリカは資本主義の本場で、世界有数の金融の国だからです。

 

では、なぜ金を貸せるのでしょうか?そこにルネッサンスの原因もあります。詳細は省きますが、為替を利用した両替取引を利用して、実質的に貸付をしたようです。この”両替”によって財を成したのが、メディチ家になります。そして、メディチ家がパトロンとなり、ルネッサンスは始まったようです。)

 

 

「学者仲間の中心的存在であったニッコロ・ニッコリとメディチ家のロレンツォ・ディ・ジョヴァンニとが、社会的「高貴さ」は、三つの要因の組合せの上に成立すると主張している。その三つとは、第一に「古くからある財産」であり、第二に「血の優越性」(家系)であり、第三に「公職に従事した記録」であるという。」

(フィレンツェは、共和制の国なようです。そして、お金に余裕があるのか、傭兵の文化も盛んなようでした。ベルセルクの甲冑ちぎりのバーボとか思い出しますね。そのような国でも、「高貴さ」はこの3つというのが面白いですね。天皇陛下には高貴さを感じますが、高市には感じませんw)

 

 

「(富がうしろめたいもの)そのような価値の逆転をやってのけたのが、実はイタリアの人文主義者たちであった。人文主義が、イタリアの商人や銀行家に、何ら後ろめたい思いなしに富の追求に専念するための倫理的基盤を与えたと言ってもよい。マックス・ウェーバーが「資本主義の精神」と呼んだものが、プロテスタンティズムの登場以前に、すでにイタリアの商人たちの間に認められることは、しばしば指摘されているが、その根はさらにさかのぼれば、人文主義者たちにまで行き着くのである。」

(私は資本主義をそこそこ勉強しているので、お金の中心地、金融の中心地の移り変わりが、ジェノバ、フィレンツェ、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカみたいな流れを知っております。「お金を儲けることは善」というこの危険で間違った価値観を信じることは通常では難しいと思います。日本の初期の資本主義者達も、社会のためと言いながら、私腹を肥やしております。

 大航海時代の多くの富と人文主義(豊かであることが正義である価値観)が出会ったことで、資本主義的なものが始まったのかもしれません。)

 

 

ここでまとめです。

ルネッサンスとは、メディチ家の財力の助けと、人文主義(現世肯定的反キリスト的価値観)、そして傭兵文化、これらが影響してはじまった。

なんで、ルネッサンスは階級社会の疑念なんてない。

ということでまとめたいと思います。(キリスト的社会=階級社会とも考えれそうだが、、、難しくてまとめられません。ソクラテスの思想とかも人文主義だと思うんだけど、何もわかりません。まとまりません。ただ、キリスト教は柔軟というか、無茶が通るという考えは正しいと思います。)

投資メモ13「1980年代の資本主義を考える」(ナショナリズム型資本主義の限界)

宮崎義一先生の著書「世界経済をどう見るか」

を再読しております。

 

 

1944 ブレトンウッズ体制

1945 戦争終了

ケインズの政策による豊かな社会の出現(たびたび、通貨危機は起きていた)

だんだんアメリカ以外の国も復興してきた

1971 ニクソンショック

(ドル危機、ドルの金兌換停止、緩和的ドル切り下げ政策、日本は変動相場制円高へ)

1972 オイルショック

1980~ サッチャーやレーガンなどの「政府債務の削減」を掲げる新自由主義的な政治家の登場

(引き締め政策の実施、ドル高へ)

1985 プラザ合意

(貿易黒字を削減しろ!円高にしろ!)

※このころの日本は輸出型だった、そしてアメリカは現地生産型だった。欺瞞がある。

しかしこーゆー歴史を見てると、トランプとかを蛇蝎のように嫌っているけど、やってることは歴代大統領とそんなに変わらないと思うんだよな。ニクソンショックの時には、世界10%関税をやってるしw世界のみんなの怒りのボルテージが上がってるんですかね?飯は昔より食えるけど、エネルギーは怒りに向かう。いつの時代も、日本はアメリカに言われるままw

 

 

ケインズ主義というものの限界が見えたのが、1980年代のようです。

「いまや誰の目にも明らかなように、ナショナリズム基調とする経済学の考え方に依拠している限り、資本主義経済の現実に対して正確な分析や診断はもちろんのこと、的確な処方箋を示すこともきわめて困難になっている。」

ケインズ主義自体が、良い経済の状態を目指すために、みんな(国民)のために政府が借金して、需要を作ろうという考え方なんだと思います。

しかし、そのようなみんな(国民)という考え方自体が、ナンセンスですよと言っています。

我々は、政治家にみんなのために景気をよくしてくれと頼みます。しかし、国会議員になんとかすることができるのでしょうか?鎖国や壁みたいなものは作れるかもしれませんが、間違いなく景気は冷えるでしょう。

 

 

「独立後低所得国にも急速に進みつつある都市化もまたもう一つの要因といえよう。都市化は、労働力と貴重な資源を農村から奪いとると共に、パンや米のように伝統的な食物ではない輸入穀物を食料とする都市住民をつくり出すため、その見返りとして輸出用商品作物の生産が一層推奨され、ますます食料生産中心の農業経営が衰退することになる。先進国の高利付銀行ローンも都市化をひたすら推奨することは明らかであろう。「自国民の多くが生活に欠かせぬ食料さえ十分に手に入れられないのに、より豊かな外国のためにぜいたくな果物を栽培せざるを得ない。」「なぜわれわれは、自分たちの飢えの足しにならない作物を栽培しているのか。」「自国の国民がスラム街で疲れはてているというのに、なぜ外国人旅行者をもてなすための豪華なホテルを建設しているのか」ランドルフ・ダビッド「多国籍企業と農民ーフィリピンの場合」

(ここで紹介されている事例はフィリピンのケースのようです。しかし、日本でも「攻めの農業」みたいな感じで、輸出用の高級品の栽培が奨励されています。また、外国人旅行者がたくさん日本に来ていて、「外貨を稼ぐ日本」のように言ったりします。別に外人に来るなとは言わないけど、「清く貧しく美しく」なら現実的だし理想的に思います。それにどーせ外国人がたくさん来ても俺が儲かるわけじゃないし、国が儲かるわけでもないと思う。欺瞞に満ちたナショナリズム的煽り。)

 

 

「十九世紀末から二十世紀初めにかけての資本輸出は、主として資源採取業と公益事業関連(電車、港)に集中していたため、植民地従属国向けの資本輸出が主流であったが、第二次大戦後は事情が異なり、製造業とくに高技術集約的産業中心となり、先進工業国間の企業進出の比重が高まった。それでも低廉な労働力を求める低技術集約的産業の発展途上国向け企業進出もかなりの程度顕著にみられ、先進工業国から発展途上国への技術移転の方式として重要な役割を演じてきた」

(資本の歴史。当然、植民地で活動していたし、戦争がなくなれば、先進国に進出する。ワールドワイドに節操がない。)

投資メモ12「A・ハンセンの命題について考える」(常に資本主義は繁栄を持続できる?)

A・ハンセンの命題をまず書きます。

「適当な軍需生産ないし軍事支出さえ容認すれば、それを賄うスペンディング・ポリシー(国家支出の基礎方針?)によって、常に資本主義は繁栄を持続できる」

 

この方はアメリカのケインズ主義者なので、100年ぐらい前の経済学者なんでしょう。

 

 

さて、以下のページより参照させていただきました。

zenji.hatenablog.com

 

『アメリカの保守的な南部人で上院軍事委員会委員長であるリチャード・B・ラッセル〔Richard Brevard Russell, jr.〕議員は、公共事業支出と軍事支出にたいする態度のちがいを上院の議場でつぎのように告白している。「破壊の準備をすることには、建設的な目的のために努力するばあいよりも、ひとびとをして、金をつかうことにいい加減な態度をとらせるなにかがあります。なぜそうなるかはわかりません。しかし、わたくしは上院議員で、ほとんど三年間にわたってみてきたことを申しあげますが、ひとを殺し、ものを破壊し、都市を消し去り、大きな交通機関を消滅させるような兵器を買いいれることには、ひとびとをして、適当な住宅とか、人間の建康のことを考えるばあいほど、費用のことを細かく考えないようにさせるなにかがあります」。』

 

 

さて、言わんとしていることは伝わるでしょうか?

税金を使うということは、やはり簡単ではないのだと思います。納得のいく説明が、納税者に求められます。

しかし、それが「軍事」に関わるものになると、納税者はトーンダウンするようです。これは、「高市が、軍事費を、安定的な恒久的な財源にしている件」からも感じ取れますね。

高市の財政って、何も考えてない感じですが、軍事に関係する部分は、声を大にして批判する人はいないように感じます。

高市がやってることなんですから、絶対に怪しいにも関わらずですw

 

 

正直、軍事の事まで口を出したい素人はなかなかいないと思います。

そのような人間の性質を利用して、軍需産業というのは、発展したのでしょう。

そして、だからアメリカはずっと戦争をしているのでしょう。

在庫一掃セールって感じなんでしょうねw

読書感想文42「BUTTER」(フェミニズム観察記、その2)

☆☆☆ネタばれがあります

☆☆☆ネタばれがあります

☆☆☆ネタばれがあります

 

 

最後まで読みましたが、後味はよくないです。

「死と結婚がなければ、物語は終わることができないだろう」

みたいな言葉があるのですが、どうなんでしょう?

やっぱり、結婚したほうがいいでしょ?としか思いません。

「彼の本当を知りたい」と言っていて、アイドルオタクの本性を見せるのも、現代の闇のようにしか感じません。それは永遠に見せなくていいだろ。としか思いません。

 

 

途中で、カジマナを攻めていたところを、逆襲される展開になるのですが、

その辺は、「男装の麗人」にふさわしい感じがありました。

オスカルもそうでしたが、男の世界での無理がたたって、極端な行動に走るっ、

みたいな展開は、王道を征くって感じです。

 

 

男が読むべき本ではなかったかもしれません。

などと偉そうなことを書いておきながら、

女性からちょこっと褒められると、バターのようにとろけて、パンのすきまに消えるのが男なんでしょう。