マルクスの考える「インフレ対策?」 資本論7

やはり、資本論は眠くなると思います。資本論はこれで、2巻まで読んだことになります。(2巻第7分冊)マルクスさんは、資本論1巻を書いた時点で、貧困と病気により、ノートのようなものを残して倒れるのですが、そこから、エンゲルスさんが資本論を完成させていきます。

 

この訳書(日本共産党社会科学研究所)を読んで感じるのは、エンゲルスさんに対する敵愾心です。なぜかエンゲルスさんの製本のミスをそのまま放置して、「※エンゲルスはミスをしている。」みたいな注釈が入っています。エンゲルスさんとしては、マルクスの最大の理解者として、頑張って製本をしたのだと思います。そのような人に対してなぜひどいことをするのでしょうか?

 

基本的に共産党という党は、マルクスを独占して、マルクスを解釈する権利は我々にしかないのだ!という方針で編集しているのだと思います。マルクスは経済をモデル化して、数式を作成して、それを延々と考察するというスタイルで説明してくれるのですが、本当に眠くなります。絵をもっと増やしたり、数式をもっとわかりやすくしたり、マルクスの表現をそのまま使うのではなく、現代流に正しく分かりやすくしなければ、新たに資本論を訳す意味などないでしょう。

 

それでは以下は参照です。

「恐慌は支払能力のある消費の不足または支払能力のある消費者たちの不足から生じると言うのは、まったくの動議反復である。(中略)この動議反復により深い根拠があるかのような外観を与えようとする人がいるとすれば、それにたいしては次のことを指摘するだけでよい。すなわち、恐慌は、いつでもまさに、労賃が全般的に上昇して、労働者階級が年生産物のうちの消費に予定された部分からより大きな分け前を実際に受け取る時期にこそ準備される、と。このような時期は ー健全で「単純な」(!)常識をもったこれらの騎士たちの見地からすればー 逆に恐慌を遠ざけるはずであろうに。したがって、資本主義的生産は、労働者階級のあの相対的繁栄をただ一時的にしか、しかもつねにただ恐慌の前ぶれとしてしか許さない、人々の善意または悪意にはかかわりのない諸条件を含んでいるようにみえる。

(インフレは恐慌の前兆でしかないwマルクスの眼は嫌なものでも見えてしまう。)

 

「長い労働時間は、労働者の精神的道徳的能力の改善により彼の状態を高め彼を合理的な消費者にするための、合理的で健康的なやり方の秘密であるらしい。資本家たちの商品の合理的な消費者になるためには、労働者は何よりもまず ーしかし彼がそうするのを扇動者が妨げるのだ!ー 自分自身の労働力を非合理的に非健康的に自分自身の資本家に消費させることから始めなければならない。資本家が何を合理的消費と解しているかは、彼がご親切にもわざわざ自分の労働者たちの消費取り引きに直接関わり合おうとするところで、すなわち現物支給制度において示される。労働者たちへの住宅提供、その結果、彼の資本家が彼の同時に家主であるということもまた、現物支給制度の多くの変種の中のひとつである。

 同じドラモンド ー彼のうるわしい魂は労働者階級を資本主義的に向上させたくて夢中になっているー は、(以下略)」

マルクスのドラモンドに対する批判。マルクスの悪口でしか接取できない栄養がある!)